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吉良の仁吉【きらのにきち】

 若き親分、吉良の仁吉と女房のお菊は、誰もがうらやむ仲むつまじい若夫婦。ある日、神戸の長吉という男が、仁吉を訪ねてやってくる。大事な縄張りである伊勢荒神山を無理やり取られてしまい、自分の力ではどうにもならないので、仁吉に力を貸してほしいという長吉の頼みだったが、その相手とはお菊の兄、安濃徳次郎であった。仁吉は徳次郎を訪ねて話をつけようとしたが、まるで相手にしてもらえない。二吉の選ぶ道は、ただひとつしかなかったノ。$m吉とお菊の微笑ましいやりとり、愛しい新妻と別れなければならない苦悩、勇ましい大立ち回り、そして悲嘆のラストと、見せ場の連続である。

国定忠治【くにさだちゅうじ】

 
幕末に実在した上州(現在の群馬県)国定村出身の博打打ちの親分で、史実では「忠次郎」が正しい名。天保の大飢饉(ききん)の際に村人たちに施しをするなど、任侠の代表として英雄視された。後に関所破りの罪などで捕まり、41歳で磔(はりつけ)となる。 その生涯は講釈のネタとなり、明治期には浪花節の定番演題ともなってゆくが、大正8(1919)年に新国劇で初演された「国定忠治」が、日本人に任侠物の魅力を浸透させたきっかけと言われている。またこれが、いわゆる「剣劇」の始まりともされ、以後の大衆演劇につながってゆく。史実的には疑問だが、「赤城の山も今宵限りノ」というあまりにも有名な台詞(せりふ)が出てくる、赤城山での子分たちとの別れの場面も、すでにこの時に演じられていた。大衆演劇では芝居にせよショーにせよ、定番中の定番ネタで、いろんな脚色がなされ、さまざまな外題で舞台にかけられている。

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