■さ行
清水次郎長【しみずのじろちょう】

 浪曲や講談、時代劇で有名な清水次郎長は本名、山本長五郎。文政3(1820)年の元旦生まれで、15歳で親から勘当された後はけんかとばくちの生活に明け暮れ、やがて「東海道一の大親分」の異名を取る。また子分の森の石松、大政・子政、桶屋の吉五郎、吉良の仁吉も有名で、それぞれを主人公としたエピソードも数多く劇化されている。次郎長は、幕末期には山岡鉄舟と出会ったことで侠客を廃業し、地域振興のために力を注ぐことになる。大衆演劇でも浪曲や講談と同様、やくざものや人情時代ものの定番として、芝居やショーによく登場する題材で、国定忠治同様、いろんな脚色がなされた演目が数多くある。

上州土産百両首【じょうしゅうみやげひゃくりょうくび】

 原作は大正から昭和にかけて新派の作品を多く手がけた劇作家・川村花菱による悲劇。劇団によっては「月夜の一文銭」という題名で上演されることもある。
 正太郎は板前のいい腕を持ちながら、スリの子分から足を洗えないでいた。そんなある日、正太郎は幼なじみの牙次郎と再会する。実は牙次郎もまた空き巣狙いやかっぱらいなどをして暮らしていたが、そんな暮らしに嫌気がさし、お互い死ぬ気になって地道に働こうと誓い合う。それから数年後、田舎の料亭で板前をしていた正太郎は、偶然かつての兄弟分・三次と再会する。三次はスリだった過去をばらすと脅して正太郎から二百両をゆすり取り、「銭がなくなりゃまた来るぜ」と言う。思わず正太郎は、持っていた包丁で三次を刺す。
 正太郎と再会を約した日が近づく中、御用聞きの勘次の手下となっていた牙次郎は、首に百両という賞金のかかった下手人が江戸に向かっているという話を聞く。手柄を立てて出世した自分を正次郎に見せたくて、自分に捕まえさせてくれと勘次に頼む牙次郎。
 そして約束の日。再会を喜んだ牙次郎に、正太郎は「縄をかけてくれ」と被っていた笠をとる。その額には、賞金首の人相書きと同じ傷があった。捕り手に囲まれた正太郎は、「牙次郎の手柄にしてやってくれ」と勘次に頼むが、牙次郎は自首させようとノ。黙って縄を解いた勘次に礼を言い、正太郎と牙次郎は並んで歩き出す。「あの世までの道連れ」と言いながら。


人生劇場【じんせいげきじょう】

 芝居・ショーとして舞台によくかかる定番の演目。原作は尾崎士郎の大ベストセラー小説で、のちに東映で映画化される際、やくざの飛車角と吉良常を中心とした義理と人情の物語となった。大衆演劇でも基本的にそれを踏襲し、「義理が廃(すた)ればこの夜は闇だ」と歌う村田英雄の同名ヒット曲をバックに、飛車角と吉良常が男臭く任侠道を謳(うた)い上げる構成が本流だが、劇団によっては飛車角の元の女であったおとよと飛車角の舎弟・宮川との恋愛を絡めた人間模様を描くなど、さまざまなアレンジがなされている。

曽根崎心中【そねざきしんじゅう】

 大衆演劇では芝居・ショーともに定番物の演目で、大衆演劇以外でも、何度となく舞台化・映画化されている。原作は江戸時代の戯作者・近松門左衛門の世話浄瑠璃処女作にして代表作品。
 大坂(現在の大阪)の醤油問屋・平野屋久右衛門の手代・徳兵衛は、北新地の遊女天満屋お初とは恋人同士。叔父の久右衛門は自分の妻の姪を徳兵衛の嫁にしようとしたが、徳兵衛はそれを断るためのお金を友人・九平次にそそのかされて渡してしまう。あげく、九平次にも裏切られ、行き場のなくなった2人は死を決意し、曽根崎の森で心中するノというのが大まかな物語。心中ものの元祖でもあり、この作品の上演後、実際に心中が相次いだことから、幕府は一時上演を禁止した。ちなみに大阪・梅田の露天神社は、お初にちなんで通称「お初天神」と呼ばれ、縁結びの神様でもある。

Copyright (C) 2007 演劇ネット Website. All rights reserved.